大分における翻訳会社ソリュテックの翻訳・通訳活動大分で起業した 翻訳会社ソリュテック であるが、現在の活動拠点は福岡と東京である。 福岡は人的資源的に有利であり、東京は公証上有利だからというのが主な理由だ。 特に。登記簿謄本の翻訳や戸籍謄本の翻訳などに強みを持っており翻訳後の公証取付も併せて依頼されることも多い翻訳会社ソリュテックとしては、法務局長の公印証明と外務省担当官のアポスティーユ(又は公印確認)までワンストップで簡単に手続ができる公証役場で公証を取り付けることは非常に大きな意味を持つ。 大分や福岡の公証役場では、先に述べたようなワンストップ・サービスは提供しておらず、もし、法務局長の公印証明と外務省担当官のアポスティーユ(又は公印確認)を得ようとしたら無茶苦茶厄介なことになる。 だから東京での活動はビジネスを行う上で不可避とさえ言える。 注: 平成21年現在、東京以外だと神奈川県内の公証役場でも法務局長の公印証明と外務省担当官のアポスティーユ(又は公印確認)を公証時に同時に付けることが可能。 まあ、その他にも翻訳会社ソリュテックが福岡や東京で活動を行う理由はあるが、残念ながら、翻訳会社ソリュテックにとって、大分にはそのような会社運営上有利となるような理由というのはほとんど無い。 それが、大分での10年近い翻訳会社ソリュテックの活動から導き出された結論で、平成不況の津波の中で生き残るためにはメリットがほとんど無い大分での活動に見切りを付けるしか無かった。 断っておくが、大分からの撤退はビジネス上やむを得ないことであって、大分を愛する心が無くなった訳ではない。 翻訳会社ソリュテックは大分市の西端の別府湾を望む高台に社有地を持っているが、今でも、毎日、そこに社屋を建てて活動することを夢みている。 大分に頭脳産業をという創業当時の理想や志が無くなった訳でもない。 ただ、理想や志や夢だけでは現実の会社運営はできないということだけなのだ。 創業当時は理想と現実のギャップよりも情熱の方が優っていた、しかし、翻訳会社ソリュテックの大分での約10年の活動を通して、理想と現実のギャップの大きさが明らかになるにつれ、情熱が押しつぶされていった、ただ、それだけの話だ。 会社運営には人・物・金・情報と言った「リソース」、そして、それらのリソースを無駄なく上手く使う 「工夫や智恵そして技術」、そして更に将来を見据えた方向付けや研究開発を推進する 「推察力と推進力」、そして、困難に打ち勝つ信念や粘り強さといった 「精神力」、あとは、色々なものを引き寄せる 「求心力(人間力)」 なんかも必要だ。 それに、それらのバランスも大事だったりする。 何か1つでも欠けていると、その会社はうまく行かないわけで、会社の経営というのは何枚もの皿を同時に回す皿回しのような技が求められる。 特にバブル崩壊後は、多くの経営者にとって、時折やってくる不況という強風が吹く中でこの皿回しを行わなければならないと言った試練続きの状態であり、ただでさえ難しい会社経営が一層難しいものとなっている。 特に問題なのは人材だろう。 大分においては、例えば優秀な人材ほど県外に流出するという傾向が見られ、大分で求人を行うと、経営者が「貧乏くじ」を引く確率が非常に高い。 名言に 「企業は人なり」 というのがあるが、大分では、中には真面目で優秀な人もいることはいるが、どちらかと言うと会社を食い荒らすような人が多く、結局のところ、構築する勢力よりも破壊する勢力の方が優ってしまう。 また、役人の「やる気の無さ」も顕著だ。大分の産業を育てようという意気込みは全く感じられなかった。 大企業を誘致すればそれで良いという安易な姿勢で利権駆動型の行政のもとでは中小企業やベンチャー企業は枯れてしまう。 ただでさえ、日本の会社というのは起業から10年後には9割が倒産・廃業しているというのが経済産業省の統計から言えるらしいし、会社の短命化が進行中で、インターネット上の情報を統合すると 2010年の企業の平均寿命は8年というところか。 まあ、これには最低資本金制度が撤廃されたりして、もともと継続性に乏しい状態でも起業できてしまうようになった弊害もあるだろうし、100年に一度と言われる米国初の大津波に日本が襲われ死滅という特殊事情も重なっていると思うので、単純には過去の平均年齢とは比較できない側面もある。 しかし、いずれにせよ、会社が生き残るということが、いかに困難なことであるのかを示していることには違いはない。 ※ ちなみに翻訳会社ソリュテックは登記簿謄本の翻訳や戸籍謄本の翻訳で他の翻訳会社が真似できない技術を持っているし、固定費も非常に低く押さえてあるし、有利子負債も無いので、今のところ倒産の2文字とは無縁であるが、それでも会社経営は楽ではない。 そのように、ただでさえ困難な会社経営は、大分では更に困難な訳だが、しかし、大分の将来を考える時、大分に知的産業の種を蒔くことは後世にとって重要である。 翻訳会社ソリュテックは大分でビジネスを行う難しさを克服し、大分での活動をなんとか再始動させることはできないかと模索している。 翻訳会社ソリュテックが創業したのは今の大分県国東市である。 ほどなくしてスタッフの通勤の利便性のため大分県大分市に移転し10年近く活動を行っていた。 今は猫も杓子もインターネットを使うので、必ずしも翻訳スタッフや事務スタッフがオフィスまで出社して仕事を行う必要は無いのだが、当時は、オフィスに集まって仕事をしていた。 古き良き時代である。 その後、インターネットが普及し、顧客がネット経由での発注に慣れ、また、翻訳者も自宅にいながらネット経由で送られてくる原稿を翻訳して翻訳会社に送り返すのが当たり前になってくると、従来のスタイルでの翻訳会社の運営は困難になってきた。 オフィスに集まって仕事をするのは良い面もあるのだが、コスト面で劣る。 なにより、優秀な翻訳者に翻訳を行わせようとすると、会社のすぐそばに優秀な翻訳者がいればまだしも大多数の翻訳者は遠くにいるため、必然的にインターネット経由で翻訳者に仕事を依頼することになる。 そうしないと、他の翻訳会社との競争に敗れ、市場から撤退しなければならない。 しかし、翻訳会社ソリュテックは、最初、別の方向を模索していた。 大分の地元の翻訳者を育成しレベルアップさせようとしていたのだ。 そのため翻訳トレーニング教室を無償で開いていた。 しかし、結局、向上心の高い翻訳者がおらず、参加率も低く、盛り上がらず終演を向かえた。 大分の翻訳者は、ほぼ主婦であった。 家事や自分の時間を犠牲にしてまで翻訳スキルをアップさせるのは難しいということなのだろう。 もし、もっと若く、やる気のある翻訳者がいたなら、状況は変わっていたかもしれない。 ここら辺から、大分における翻訳ビジネスを行うことの難しさを肌身で感じるようになる。 競合他社は着々と進化しており、自分たちも進化しなければ生き残れない。 そうもがいているうちに、平成大不況に突入していく。 この平成大不況は凄かった。 顧客の会社が次々と事業を取りやめ、外資系企業は日本から撤退し、それに伴い、発注が予定されていた翻訳が次々とキャンセルされた。 さすがに翻訳会社ソリュテックでも固定費や半固定費が重くのしかかり対策に追われた。 役員報酬も大幅にカット。 借りていたフロア段階的に縮小し、最後には、少ない資金から捻出して購入した倉庫に移転して営業を続けた。 そして、それと、ほぼ同時期に、福岡での活動を始める。 そして、次第に活動の中心は、大分から福岡へと移っていった。 翻訳会社ソリュテックでは福岡に出張所を設け、福岡でのニーズを取り込みはじめたところ、予想外に福岡でビジネスを行うメリットが高いことが判明。 一方、大分での活動は全くの不調で、結局のところ、大分での活動に見切りをつけ、福岡での活動に完全にシフトさせることとなったのだ。 翻訳会社は福岡へ このように、翻訳会社ソリュテックは、福岡で新しい可能性を見いだした。 もし、大分から福岡へ活動の中心を移していなければ、もしかしたら翻訳会社ソリュテックは倒産していたかもしれない。 福岡に移って気がついたのは、大分では、人材の問題、行政の問題、地場ニーズの問題、交通アクセスの問題など、問題が多すぎ、ビジネスを行うには適していなかったということなのだ。 優秀な人は、より良い職を求めて県外に出てしまう。 会社の成長を促す政策も貧弱だ。 ・・・ さて、時は移りすぎ、翻訳会社ソリュテックも足下がしっかりしてきた。 なにせ10年以上、翻訳会社として活動してきたのだ。 それも平成大不況の経験で、不況に強い体質になっている。 登記簿謄本の翻訳に至っては、翻訳会社ソリュテックが開発した「登記簿謄本の翻訳を半自動で行うソフトウエア」が武器となり、競合する翻訳会社の同様の翻訳サービスを駆逐。 事実上の独占状態である。 翻訳会社ソリュテックの知名度もアップし、ネット上でも翻訳会社として検索すると容易に翻訳会社ソリュテックに辿り着く。 多くの固定客もついている。 そういう状態であるし、また、大分における事業環境も当時と今では異なる可能性がある。 もし、大分で会社運営が行いやすい環境になれば、再び大分での活動を行いたいと考えている。 * 翻訳会社ソリュテックは1995年に大分県の国東で有限会社として創業し、その後、大分市の中心にほど近い金池に本社を移転、株式会社に組織変更、増資を行った。 |
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●大分の翻訳者・通訳者の方へ |
![]() 翻訳会社ソリュテック大分社有地 (大分ヤード)近傍を走る湾岸道路 翻訳会社ソリュテック大分社有地 に関する地理的利点 |
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大分における翻訳・通訳業務の現状大分での翻訳や通訳の需要は非常に少ないのが現状だ。国際的な業務は日本レベルで見ると東京、九州レベルで見ると福岡で行われる。 大分における翻訳・通訳業務の可能性上述のように、翻訳会社ソリュテックのビジネスモデルの場合、翻訳に関して言えば、受注や物流面では、地理的なデメリットは少ない。 大分での活動を行うにあたり克服すべき課題上記のように、大分で翻訳や通訳を行えるようにすることは物理的には可能なのだが、克服しなければならない大きな課題がある。 一番大きな課題、それは人材だ。 その他現在、大分県には翻訳会社が全く無いわけでは無いが、それらは印刷業などの本業を別に持っており、片手間的に翻訳を行っているに過ぎない。 弊社は国際的な企業の顧客を多数抱えている本格的な翻訳会社であり、全国的に良く知られている。加えて、インターネットに強みを持っており、単なる翻訳ではなく、高い情報発信能力という付加価値を付けて翻訳サービスを提供することが可能である。現在、大分県に存在する翻訳会社は、弊社の大分での本格的な取り組みにより駆逐されることになる。 翻訳会社ソリュテック連絡先
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翻訳会社ソリュテック
福岡翻訳センター
1-6-1, Higashihonmachi, Moji-ku, Kitakyushu-shi, Fukuoka, 801-0851, JAPAN
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